▼マーティン・スコセッシ監督の「タクシー・ドライバー」という1976年公開の傑作映画がある。ベトナム戦争の帰還兵で不眠症に陥り、マンハッタンのタクシー運転手となった男(ロバート・デ・ニーロ)が主人公だ。
▼男は失恋を経て、腐敗したこの街を浄化してやると次期大統領候補射殺を目論むが失敗する。その代わりでもないが13歳の売春婦(ジュディー・フォスター)を救うべく、ヒモやチンピラ、客を多数射殺する。
▼テネシー州ノックスビルの教会で7月27日、男(58)が銃を乱射し2人が死亡する事件が起きた。警察によれば、男は散弾76発を用意、「大量殺人を目論み、自身も生きて教会を出るつもりはなかったとみられる」という。
▼事件のあった教会はプロテスタントの一派、ユニテリアン派で、人種差別撤廃、女性や同性愛者の権利向上などリベラルな活動で知られていた。警察は「職を得られないいらだちをリベラル派に向けた犯行」と指摘、「憎悪犯罪(ヘイト・クライム)」と見ている。
▼6月8日の7人が死亡した葉原通り魔事件はどうだろう。加藤智大容疑者(25)は恋人や友達が出来ず、また派遣社員としての不満を募らせていた。彼の矛先はゲーム好きの自身ともなじみのある秋葉原に集う一般市民だった。
▼タクシー・ドライバーでは主人公は支配の象徴でもある大統領候補を狙い、次に犯罪人たちを射殺した。だが、ノックスビルの教会や秋葉原で犠牲になった人たちは権力者でも犯罪者でもない。憎悪犯罪というが彼らは方法以前に標的自体が間違っている。池田小事件同様、実際には「弱いもの」を相手にしているに過ぎない。
▼犯罪人たちを射殺した映画のタクシー・ドライバーは、本人の意図とは裏腹に町の「英雄」となる。だが無差別テロに走る過激派と同じく、間違っても加藤容疑者らが英雄になることはない。
No comments:
Post a Comment